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CATEGORY[インド]
コメント[ 0 ]TB[ ] 2010年06月20日23:20
 インドに限らず、中国でもそうなのですが、都会には美味しい料理が沢山あるのですが、地方に行くと、なかなか口に合わないということが多くなります。中国でも、北京や上海などは非常に美味しい料理が多いのですが、車でたった1~2時間走っただけの地方都市に宿泊すると、例えホテルの食堂や有名な料理店でも、油がきつかったりして、日本人の私には美味しくないと思うような料理しかないという状況になることが多いです。
インドでは、何を食べてもカレー(日本で言う「カレー」という料理はないのでしょうが、見た目も味も、いわゆるカレーの仲間という料理)なので、どこに行っても、食べものが口に合わないなんてことは無いと思っていたのですが、そういう訳にはいきませんでした。まあ、カレーなら、いろいろな味の違いがあっても「不味い」ことはない、という勝手な思い込みが間違いなのですが。
インドで、ホテルに泊まって食事をすれば、正式な料理名は別として、チキンカレー、マトンカレー、豆カレー、野菜のカレー、キーマカレーなど、多くの料理がカレーの仲間で、それなりに口に合うものです。(当然、カレー以外にも揚げものなどもあります。)もちろん、材料の好き嫌いなどによって、あまり好みではないカレーもありましたが、何種類かの料理があれば、そのうちのいくつかは食べられる料理というのが当たり前だと思っていました。
ところが、田舎に行くと、そうではないのですね。チェンナイ(Chennai)から車で4時間も走って行ったネロール(Nellore)という町は大変でした。チェンナイは大都市ですから、日本食料理もあるし、中華料理や韓国料理の店もあって、食べるものが口に合わないなんてことはありません。ネロールには1軒しかホテルがなくて、そこに泊まる以外の選択肢は無いのです。例えインターネットができなくても、お湯がぬるくて、時々、出が悪くなっても仕方がないのです。
そこの朝食は、いわゆるビュッフェだったのですが、4~5種類しかない料理の全てが、口に合わないのです。見た目も、今まで知っている料理とは違っていたようでした。どれも、少し口にしただけで、もう食べたくない、といった感じだったのです。そんな中、何とか食べることができた料理がサンバーだったのです。一応、料理の前に名前が書かれた札があって、「sambar」と書かれていたのですが、この文字が嬉しく感じられました。
このサンバーは、ハイデラバード(Hyderabad)やチェンナイ(Chennai)のホテルでも食べたことがありました。もちろん、店によって味付けが異なりますが、どこでも、比較的、口に合う料理だったのです。少し、試してみると、今までの味とは、大きく異なっていて、日本人の口には合わない感じです。しかし、他の料理に比べれば、まだマシで、何とかこれをすすりながら御飯を食べたのでした。
調べてみると、実際には「サンバール」や、「サーンバール」と言うようです。南インド料理で、野菜を煮込んで作られるスープだそうです。野菜はナス、大根、オクラ、カボチャなど、季節ものが多いようです。
もちろん店によって、美味しくないサンバーもあるのでしょうが、今まで口に合わないサンバーには出会ったことがありません。私にとっては、「南インドで食事に困った時(口に合う料理が無い時)にはサンバーを探す」というのが最後の手段(何とか食べられる料理を探す)になりました。

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CATEGORY[京都]
コメント[ 0 ]TB[ ] 2010年06月06日19:06
 千枚漬(せんまいづけ)とは、京野菜の聖護院蕪(しょうごいんかぶ)を薄く切って昆布、唐辛子とともに酢漬けにした京都の漬物です。聖護院カブは、一般的な蕪よりも大きくて、太い形状をしています。(似たような京野菜に、聖護院大根がありますが、千枚漬は「聖護院蕪」で作ります。)1枚の直径が大きいものほど高級なのだそうです。
聖護院蕪を薄く切って、1つの樽に漬け込む枚数が千枚であったことから、「千枚漬」と言われるようになったようです。また、1つの蕪を千枚と思えるほど、薄く切って作るため「千枚漬」と言われるという話もありますが、実際には1枚の厚みが2~3mmありますから、こちらは、後からできた噂のようです。
千枚漬は慶応元年(1864年)、孝明天皇の宮中大膳寮に仕えていた大藤藤三郎が考案したと言われています。大藤藤三郎は、縄手三条下ルに店を構えていた漬物屋の尾花川漬にヒントを得て、聖護院の里のかぶらで漬物を作り、天皇のお褒めを賜ったそうです。
明治維新とともに職を退いた大藤藤三郎は、「大藤」ののれんを掲げて、その漬物を売り出したそうです。この漬物は、「みやこやぶり」と呼ばれて、市中で好まれて一世を風靡したそうです。また、その美味は、明治23年に京都で開催された全国博覧会で、全国名物番付けに入選した実績があるそうです。現在でも、麩屋町通四条上るに、千枚漬本家、京つけもの、大藤(たいとう)として、創業時の漬け方を頑なに守って商売をしているそうです。
聖護院蕪をスライスして、塩漬をすることによって余分な水分を取り除くと、その厚さが1~1.5mm程度になるそうです。この余分な水分を除いた蕪を樽の中に並べ、天然塩を入れて、重石で3日間ほど漬け込むそうです。さらに、この下漬けした蕪を、別の樽に入れ替え、極上の利尻昆布と交互に敷き詰めていき、本漬けをするのだそうです。この時、各家秘伝の特製出汁が注がれ、さらに乳酸発酵によって美味しい千枚漬が完成するのだそうです。もともとの千枚漬は蕪本来の甘味、乳酸発酵の酸味、昆布の旨味のバランスが絶妙な漬物だったようです。
しかしながら、第二次世界大戦以降は、砂糖、酢、調味料を使った漬物に変化しているようです。現在の千枚漬は、乳酸発酵ではなく、酢漬けの千枚漬になっています。蕪や昆布を箸でつまんだ時に、糸が引くような状態が食べ頃で、一番、美味しい状態だそうです。
千枚漬は、聖護院蕪の生産時期(11月~翌年3月頃まで)に合わせて漬け込みが行われる季節料理です。京都の冬を代表する漬物であり、「千枚漬」に「すぐき」、「柴漬」を合わせて、京都の三大漬物と言うのだそうです。

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CATEGORY[韓国]
コメント[ 0 ]TB[ ] 2010年05月19日12:56
 「テグ」とは、韓国語で、魚の「真鱈」を意味します。「テグ」とは、漢字で「大口」と書きます。これは、口が大きいことに由来しています。「タン」は、スープの意味です。ですから、真鱈のスープ料理のことです。
真鱈は高蛋白、低脂肪で、白身魚の中では多くのビタミン類を含んでいて、昔は王様しか食べられなかったというほど貴重だったそうです。テグの身には、目や皮膚の働きを助けるビタミンA、カルシウムの吸収を助け、骨や歯を丈夫にするビタミンD、そして肝臓には老化を防止してくれるビタミンEが多く含まれているため、テグタンは栄養たっぷりな鍋料理です。
テグタンは、貝や牛肉などでダシをとって、そこに大きく切った真鱈の身と内臓、白子、頭、肝などと、セリ、豆モヤシ、大根、ネギなどの野菜を入れ、さらにニンニク、ショウガ、唐辛子を利かせて、真っ赤なスープでじっくり煮込んで作ります。
スープが粉唐辛子でピリ辛に仕上げられ、その辛い味わいから、「真鱈の辛い鍋」という意味の「テグメウンタン」と呼ばれることもあるそうです。テグタンは、真鱈が旬を迎える冬場の料理で、寒い季節に身体を温める鍋料理として親しまれています。
ところが、釜山をはじめとした南部地域では、粉唐辛子を入れずに作るテグタンもあるそうです。こちらは、日本のすまし汁に似た醤油味ベースの料理で、日本語の「ちり鍋」の「ちり」という単語を用いて、「テグチリ」と呼ばれているそうです。粉唐辛子が入っていないあっさりした味わいのテグタン(テグチリ)は、胃にやさしいので、ヘジャンクッ(お酒を飲んだ翌日に飲むスープ)として食べられることが多いようです。
ソウルでは、地下鉄4号線、6号線の三角地駅、1番出口を出たところにある「三角地・テグタン通り」が有名です。約30年前に、「三角地ウォンテグタン」というお店が、安い値段でたっぷり食べられるテグタンを売り出したところ、近くにある竜山基地の軍人達の間で人気になったそうです。そこで、近所に続々とテグタンの店がオープンしていき、現在のテグタン通りになっていったそうです。
ちなみに、同じ発音で、大邱(テグ)という都市の「テグタン」という料理があります。こちらは、「ユッケジャン」のことだそうです。

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CATEGORY[石川]
コメント[ 0 ]TB[ ] 2010年05月09日11:14
 かぶら寿し(かぶらずし)は、石川県発祥の郷土料理です。加賀料理のひとつとして数えられています。なれずしの一種で、イズシ系に分類されています。独特のコクと乳酸の香りをもつため、主に酒の肴として人気があります。ブリの水揚げが最盛期となる冬の名産品であり、北陸地方の正月料理の一品として欠かせないものだそうです。
かぶら寿しの起源には諸説があり、石川県の宮の腰港(金石町)で、豊漁を祝って行われる儀式の際に御馳走として出されたという説があります。また、江戸時代、金沢近郊の農家が、正月の御馳走としてブリを食べる際、贅沢をはばかって、ブリを蕪で隠すようにして食べたのが始まりだと言う説もあります。
かぶら寿しは、日本海で採れた鰤を、1ヶ月以上、塩漬けにして味を凝縮させます。この鰤を、独特のエグミと歯応えのある加賀野菜である「青かぶら」の塩漬けで挟み込み、細く切った人参や昆布などとともに、米麹(糀)で漬け込んで醗酵させます。樽に入れ、重しをして水分を抜き、1週間ほど熟成させると、食べ頃です。シャキシャキとしたカブの歯ごたえと、脂の乗ったブリのうまみが一体となった美味しさです。
かぶら寿しの美味しさの決め手は「米麹」にあります。さらに米を発酵させる「麹」が決めてであると言っても良いくらい麹が重要です。麹が良いと、米が芯まで発酵するため、食べた時の舌触りがまろやかになるだけでなく、魚を充分に発酵させ、芳醇な味わいを醸し出します。食べた時に米の芯が舌に残ったり、魚臭く感じられる場合は、麹による米の発酵が不十分だったと考えられます。
富山には、現在でも多くの「麹屋」が営業しており、さらに、麹のもととなる「種麹」を作る業者もあります。これらの業者が供給する良質な麹を使って、「かぶら寿し」は富山を代表する郷土料理として、今日に受け継がれています。
かぶら寿しは、年末の贈答品や正月料理用として全国に出荷されています。「青かぶら」の白色と「鰤」のピンク色のコントラストが紅白で御目出度いため、正月料理として定着していったのかもしれません。かぶら寿しは11月頃~3月頃までしか販売されていない季節料理です。

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CATEGORY[韓国]
コメント[ 0 ]TB[ ] 2010年04月17日21:58
 韓国語で「オッ」は「漆」、「タッ」は「鶏」の意味です。ですから、直訳すると「漆鶏」となります。この「オッタッ」は、触るとかぶれる漆の木のエキスが入ったスープで、鶏を丸ごと煮込んだ料理です。
漆は、触るとかぶれますので、人によっては食道や胃がかぶれてしまうことがあるそうです。また、ひどい人は、湯気に当たるだけでも体中が痒くなるそうです。食べることが危険な料理と言えるかもしれません。
一応、かぶれるのを防止するための薬があるとのことで、料理を注文した後、お店の人が、その薬を持ってきてくれます。これが紫色の大きめの薬なのですが(全国で同じ薬なのかは、分かりません)、薬を飲んだ後に、すぐ、お酒を飲んで、食事をしてしまうのですが、本当に、そんなに早く効果が表れるのか、疑問です。ただ、私は今までに3~4回、食べているのですが、どこも痒くなった記憶がないので、十分な効果があるのかもしれません。
漆は、肝臓と胃に良いのだそうです。韓国では、昔は薬として使われていたそうです。美味しい上に、健康にも良いのであれば、毎月でも食べたいくらいですが、あまり頻繁に食べるのは良くないらしいです。何事も、過ぎたるは、なお、及ばざるが如し、ということでしょうか。

オッタ

オッタには、鶏がまるまる1羽、入っています。そのスープは、真っ黒です。少し、漢方のような感じがしますが、いかにも健康に良さそうな味です。鶏肉も、柔らかく煮込まれて、素晴らしく美味しく仕上がっています。
鶏を食べ終わったら、残ったスープに御飯を入れて、おじやにして食べます。このおじやは、鶏とスープの旨みを吸って、非常に美味しくなります。

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