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2025年05月16日23:31
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CATEGORY[台湾]
コメント[ 0 ] 2015年02月07日16:53
 台湾のソーセージです。日本では「台湾式ソーセージ」とか、「台湾ソーセージ」と呼ばれているようです。わざわざ「台湾の」と書かれることからも分かるように、日本やヨーロッパのソーセージとは味が全然、違います。
 豚肉のソーセージですが、日本のソーセージのつもりで食べると、少し、驚きます。というのは、甘いのです。脂分が多いのかと思いますが、それだけではないかもしれません。甘い味のためか、台湾では生のニンニクをスライスしたものが一緒に出され、軽くあぶったソーセージと一緒に食べるのが一般的な台湾の食べ方です。
 台湾式ソーセージは、お酒のおつまみとして食べるには、ちょっと合わないような気がします。また、私は、生のニンニクを食べるとお腹が痛くなるのでニンニクなしで食べるのですが、ちょっと、どうかと思いました。
 台湾式ソーセージは豚の肩の肉と脂身を適当な比率で混ぜ合わせた餡を黒蔭油(伝統製法の黒豆醤油)に浸け込んで、味を漬けるのだそうです。その餡を腸詰にして作るのですが、台湾の各地域や家庭ごとに色々な種類のソーセージが作られているそうです。例えば屏東県の東港では旬の本マグロを使ったソーセージ、南投県の埔里では香り豊かな紹興酒のソーセージ、離島の金門では地元特有の牛肉のソーセージを食べることができるのだそうです。
 台湾料理のお店でも食べることができますし、夜市でも売られている庶民の味方の食べ物です。
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CATEGORY[韓国]
コメント[ 0 ] 2015年01月28日08:05
 ユッケ(牛肉の刺身)を乗せたピビムパパッです。ユッケは、漢字で「肉膾」と書いて牛肉の刺身のことです。ユッケには脂身の少ない牛肉を用い、ゴマ油などで下味をつけておきます。器にごはんをよそい、緑豆モヤシ、セリ、ワラビなどのナムルを乗せ、その上にユッケを盛って出されます。コチュジャンをベースにした合わせ調味料を乗せて、食べる際にはよくかき混ぜて食べます。
 ユッケピビムパッの特徴は大豆モヤシでなく、細くやわらかい緑豆モヤシを使っていることのほか、一緒に合わせるスープは必ず牛肉のスープにする、などの決まりがあります。
 ピビムパッの専門店などのメニューに並んでいるほか、焼肉を扱う店のメニューにも並んでいることが多いです。慶尚南道晋州市の郷土料理として知られ、全州ピビムパッ、海州ピビムパッと並んで韓国3 大ビビンパッのひとつに数えられています。
 かつて朝鮮時代に、地方の特色あるピビムパッ、3 種を指して、朝鮮三大ビビンバと称していました。これは、全羅南道全州の全州ピビムパッ、慶尚南道晋州の晋州ピビムパッ(ユッケピビムパッ)と、黄海南道海州の海州ピビムパッの3 種でした。このうち、海州だけは北朝鮮に位置するため、具体的な内容がはっきりと分かっていません。代わりに、現在では慶尚南道安東のホッチェサパッを加えて、韓国三大ピビムパッとすることもあるようです。また全州ピビムパッは平壌ネンミョン、開城タンバン(クッパッ)とともに、朝鮮三大料理の一つにも数えられています。
CATEGORY[インドネシア]
コメント[ 0 ] 2015年01月20日08:59
 「ikan(イカン)」は、インドネシア語で「魚」の意味です。「サテ・イカン」は「魚のサテ」ですが、サテ・イカンには、焼き鳥のように「魚の切り身を串焼きにしたもの」と、「魚のすり身をつくね状にしたものを串に巻き付けて焼いたもの」の2種類があります。
 どちらも「サテ・イカン(sate ikan)」と呼ばれていますが、「つくね状の串焼き」は「サテ・リリット(sate lilit:巻き付けたサテ)」と呼ばれています。(正式には、「サテ・リリット・イカン(sate lilit ikan:魚を巻きつけたサテ)」になると思います。)
 「リリッ」ではない「サテ・イカン」は、魚の切り身を串に刺して焼いただけの料理です。白身の魚を使って作ることが多いようです。甘辛いタレをつけて焼く場合もありますが、焼いた後、タレを自分でつけながら食べることも多いようです。

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CATEGORY[日本]
コメント[ 0 ] 2015年01月12日12:57
 あんパンは木村屋(現、木村屋總本店)創業者であり、茨城県出身の元士族、木村安兵衛とその次男の木村英三郎が考案し、1874年(明治7年)に銀座の店で売り出したのが最初だそうです。
 木村安兵衛(当時、50歳)は、1869年(明治2年)に日本初のパン屋、「文英堂」を東京、芝日陰町(現在の新橋駅あたり)に開きました。翌1870年(明治3年)には、京橋区尾張町(現在の中央区銀座付近)に移転、屋号を「木村屋」に改称しました。
 当時の日本にはパンに必要なイースト菌がありませんでした。このため、西洋のパンのような美味しさがなかったようです。このため、安兵衛、英三郎親子は、美味しいパンを作る方法に悩んでいたそうです。
 その結果、安兵衛がヒントにしたのが酒饅頭だったそうです。酒饅頭に使われていた酒種をイースト菌の代わりにし、パンの中にあんこを入れて売り出したところ、好評を博したそうです。
 そして、翌1875年(明治8年)4月4日、東京向島の水戸藩下屋敷を行幸された明治天皇に山岡鉄舟が酒種桜あんぱんを献上したそうです。この時、あんぱんのへそには、奈良の吉野山から取り寄せた八重桜の花びらの塩漬けを埋め込み、季節感をたっぷり盛って焼き上げられたあんぱんでした。
 この桜あんぱんは、明治天皇のお気に召し、また、ことのほか皇后陛下(昭憲皇太后)のお口にもあったそうです。そして「引き続き納めるように」と両陛下のお言葉を頂き、皇室御用達となりました。
 木村安兵衛と山岡鉄舟は、明治維新の前から、剣術を通じて知り合っていたようです。1874年(明治7年)に新しく出来た銀座煉瓦街であんぱん作りに熱中していた木村親子は、完成したアンパンを山岡鉄舟にも食べさせたようです。西洋から入ってきたパンとは異なり、日本にある酒種を使ってパンを作り、その生地であんを包んで焼き上げるという日本の技術が鉄舟の心をとらえたのでしょう。これが、翌年の天皇陛下への献上に繋がったようです。
 現在では色々なアンパンが作られています。中の餡がつぶあん、こしあんの小豆餡という一般的なアンパンのほか、インゲンマメを使った白あんパンや、イモあんパン、栗あんパンなどの豆以外の餡を使ったもの、桜あんやうぐいすあんを使った季節のあんパンもあります。
 また、典型的な形状は平たい円盤ですが、真ん丸の形状、四角い形状など、様々な形があります。また、ケシの実(ケシの種)、塩漬けの桜の花(ヤエザクラ)、ゴマの実などを飾りに乗せたアンパンもあります。さらに揚げた餡パンや、トーストに餡を挟んだ揚げパンなどもあります。

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CATEGORY[台湾]
コメント[ 0 ] 2015年01月04日12:09
 麻辣火鍋は、中国で広く食される鍋料理の一つです。火鍋子とも言い、辛い味付けが特徴です。重慶市で一般的な重慶火鍋は、麻辣火鍋の一種です。
 「麻」は「中華山椒」、「辣」は「唐辛子」を意味し、「麻辣(マァラァ)」とは、「スパイス」、「辛い」、「辛口の」、といった意味になります。元々は中国、四川料理がルーツと言われていますが、台湾の人々にもこの辛さが受け入れられて定着しています。
 麻辣味の香辛料をベースとしたスープに野菜、肉団子、魚、鶏肉、臓物などを入れて煮込み、薬味を入れた胡麻油を付けて食べます。具材のバリエーションは非常に広範で、上記以外にも豚の脳ミソや牛骨の骨髄、きし麺状の春雨である火鍋粉(フォグオフェン)等、何でも使います。
 台湾では、一つの鍋の真ん中に仕切がある鍋を使います。そして、片方は激辛スープ、片方は辛くないスープが入れられており、辛いのが苦手な人でも食べやすいようになっています。そしてこの組み合わせの鍋料理を「鴛鴦火鍋(ユアンヤンフオグオ)」と呼びます。「鴛鴦」とは「オシドリ」のことです。金属製の丸い鍋で、単純に真ん中に真っ直ぐの仕切がある鍋のほか、仕切を太極の「陰陽」に見立てて湾曲させた鍋もあります。
 最近では、カレースープや和風ダシのスープなど、スープの種類を増やして人気を得ている店もあるようです。また、漢方薬の材料を入れた薬膳鍋もあります。
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