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2025年05月16日04:08
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CATEGORY[インドネシア]
コメント[ 0 ] 2015年10月04日08:00
 「babi」とはインドネシア語で「豚」の意味で、「サテ・バビ」とは、「豚肉の串焼き」のことです。イスラム圏のインドネシアでは、どこでも食べることができる訳ではないのが豚のサテである「サテ・バビ」です。インドネシア全体ではイスラム教徒が80%を超えていますが、バリ島はバリ・ヒンドゥー教徒が90%を超える特殊な島となっているため、バリ人は豚肉を食べています。バリ・ヒンドゥー教を信仰するバリでは、豚肉は御馳走の一つだそうです。そのためか、豚のサテはバリでは一般的なのだそうです。
 サテ・バビ専門のワルン(warung:食堂)もありますが、夕方頃になると、道路沿いに座ってサテを焼き始める光景があちらこちらで見かけることができます。サテ・アヤムやサテ・カンビンはピーナッツ・ソースで甘めの味ですが、サテ・バビはスパイスに漬け込んで辛めに味付けしてあるか、プレチン・ソースと呼ばれるチリ・ソースで食べるのが一般的です。

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CATEGORY[日本]
コメント[ 0 ] 2015年09月24日08:06
 カツカレーの発祥は、東京、銀座にある「グリル スイス」というレストランだそうです。しかも、客として訪れていたプロ野球、読売巨人軍の千葉茂氏の要請に応じて作ったのが始まりだったのだそうです。
 創業者の岡田義人氏は1923年(大正12年)に、今の東京都千代田区二番町に父、進之助の次男として生れました。岡田義人氏の父、進之助(明治28年生)氏は、「天皇の料理番」として著名な秋山徳蔵氏(宮内省大膳職主厨司長(総料理長の事、現在では宮内庁管理部大膳課主厨長を指す)とともに、日本の西洋料理の礎を創った麹町の「宝亭」(空襲により焼失)と首相官邸、国会記者クラブにて総料理長(退官後、現在のニチレイに迎えられる)をつとめ、歴代首相の東條英機から吉田茂まで料理を提供したそうです。
 進之助氏は、独学でフランス語を学び、全てのメニューをフランス語で書き、パーテイ料理を得意としていたそうです。義人氏は、その父親の影響を受け、帝国ホテルへと修行の場を求め、「ムッシュ村上」こと村上信夫氏(後に帝国ホテル専務取締役総料理長、東京オリンピック総料理長)と同期に入社しました。
 岡田義人氏は、戦後、間もない1947年(昭和22年)、銀座7丁目に「グリル 銀座スイス」を開店し、父親や帝国ホテルで学んだ技術を発揮しました。当時としては高級料理だった洋食を、より多くの方に食べてもらおうと考えて始めたのだそうです。
 1948年(昭和23年)当時、プロ野球チームの巨人軍のユニフォームは「銀座テーラー」で作っていたそうです。その店主から紹介されて、巨人軍の選手が「グリル スイス」に食事をしに寄ることが多かったそうです。千葉茂氏は、「銀座テーラー」の帰りや、多摩川の球場での練習の帰りや試合前、試合後、またはプライベートなどで来ることが多かったそうです。
 そんなある日、巨人・阪神戦の前に、「グリル スイス」に立ち寄った千葉茂氏は、お腹がすいていて沢山食べたいし、早くも食べたいと思ったのか、「カレーライスにカツレツを乗っけてくれ!」と要求したそうです。千葉茂氏の大好きなカレーライスとカツレツを両方食べたいが、面倒なので、一緒に乗せて提供して欲しい、という要求でした。
 1948年(昭和23年)当時、カレーライスの上に何かを乗せるという発想は無かったため驚いたそうですが、店主は、この要求を受け、カレーにカツレツを乗せて提供したそうです。千葉茂氏は、それをいとも簡単にペロリとたいらげ、満足されていたようです。
 その後も、千葉茂氏はカツカレーを食べていたようです。もともと好きなメニューである上、カツレツは勝負に勝つ(カツ)と言う、験担ぎもあり、試合前によく食べていたようです。カツカレーを二皿も食べる日もあったそうです。
 千葉茂氏が美味しそうに食べる姿と、見た目のボリューム感で、メニューに乗せたところ、たちまち人気メニューになり、また、あっと言う間に全国に広がったそうです。
CATEGORY[インドネシア]
コメント[ 0 ] 2015年09月15日09:00
 「rusa」とは、インドネシア語で「鹿」のことであり、「サテ・ルサ」とは、「鹿肉の串焼き」のことです。鹿肉にタレをつけて焼いてあります。臭い消しなのか、甘い醤油にコリアンダーの粉を混ぜたものが塗られており、コリアンダーの香ばしい香りがしました。赤身の肉で柔らかく、上品な味です。

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CATEGORY[中国料理]
コメント[ 0 ] 2015年09月06日13:01
 「福建炒飯」とは、パラッと仕上げた炒飯に、海鮮餡が載っている「海鮮 あんかけチャーハン」のことです。「福建炒飯」は広東や香港で広く食べられている有名な炒飯だそうですが、、福建省や福建料理の中には、「福建炒飯」という料理は存在しないそうです。
 福建料理には「餡かけ料理」が多い事から、「餡かけ炒飯」を「福建炒飯」と呼ぶようになったようです。このため、広東か香港で生まれた料理だと言われています。
 日本では、1990年代の終わり頃、流行ったようです。このため、未だに「福建炒飯」という料理がメニューに載っている店があるようですが、それほど有名とは思えません。
CATEGORY[韓国]
コメント[ 0 ] 2015年08月20日11:01
 「チョゲ」とは韓国語で「貝」の意味で、「タン(湯)」は、「スープ」の意味です。したがって「チョゲタン」とは、韓国の「貝のスープ」のことです。
 「チョゲ = 貝」であれば、何の貝でも良いのでしょうが、ソウルでは、「モシジチョゲ(貝)」と呼ばれる「オキシジミ」や、「パジラッ」と呼ばれる「あさり」に似た貝が使われることが多いようです。また、「ホンハップ」と呼ばれるムール貝に似たイガイを使ったスープもあります。
 通常、これらの貝を、塩やニンニクでシンプルに味付けしたスープで、貝のだしが効いていて非常に美味しく、かつ栄養もたっぷりのスープです。日本料理でいうと、アサリのすまし汁に似たようなスープです。
 チョゲタンは庶民的な料理で、居酒屋や屋台など、お酒を飲むお店で提供されています。チョゲタンは辛くない料理であるため、韓国料理に多い、辛い味に疲れた舌を休める効果があります。このため、激辛料理の口直しスープとして提供されていたりします。
 また、チョゲタンは二日酔いに効くとされ、お酒を飲んだ翌日に飲まれたりしています。すなわち、チョゲタンもヘジャンクッの1つとして、韓国の人々に愛されている料理の1つです。
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